父の日に思い出した100円
3歳から中学生まで、クラシックバレエ団の養成所に通っていた。
毎年8月になると発表会がある。全国の養成所が集まる大きな舞台だ。
4月頃になると、その年の演目が発表される。
『くるみ割り人形』第三幕だったり、『眠れる森の美女』第一幕だったり。
そこから数か月かけて全体の振付が進み、ソロやユニットの配役が決まっていく。
レッスンの最後になると、先生がこう言う。
「今日は〇〇さんと▲▲さん、残って」
その瞬間、みんな少し緊張する。
どの曲が誰に与えられるのか。
先生が曲を流すまでわからない。
「ああ、この曲がこの子たちになったんだ」
そんなことを思いながら見ていた。
今日は私じゃなかった。
でも、まだあの曲が残っている。
次は私かな。
そんなふうに毎週ドキドキしていた。
自分から「この曲を踊りたいです」と言うことはなかった。
与えられるのを待つ世界だった。
バレエ団の子役オーディションも受けた。
都内の本部に全国から集まり、ゼッケンをつけて踊る。
審査員席には舞台で見ているプリンシパルの先生たち。
みんな真剣な顔でメモを取っている。
でも、不思議なことに。
そんなオーディションの思い出よりも、もっと鮮明に覚えていることがある。
養成所にはクーラーがなかった。
真夏でもつけない。
窓を開けることも許されなかった。
「クーラーは身体に悪い」
「身体が冷えると踊りに良くない」
そう教えられていた。
でも本部へ行くとクーラーがある。
しかも涼しい。
子どもながらに、
「なんでだろう」
と思っていた。
そして。
私のバレエの思い出は、レッスンそのものではない。
レッスンばかりで大変だろうと、父がこっそりくれる100円。
それが楽しみだった。
駅から養成所までの間に、小さな駄菓子屋があった。
そこで100円を握りしめてお菓子を買う。
梅ミンツ。
ベビースターのみそ味。
どんぐりガム。
そんなものだったと思う。
母が厳しかった分、父は優しかった。
いつも。
本当にいつも。
今日は父の日。
今年はまだお墓参りにも行けていない。
だから小さな梅酒を供えた。
ふと思い出したのは、バレエでも舞台でもなく、父からもらった100円のことだった。